小野寺 勇樹
オノデラ ユウキ
プロフィール
- 期
- 48期
- 入学年度
- 2018年度
- 卒業年度
- 2021年度
- 現役・卒業
- 卒業
- 区分
- 選手
- 出身地
- 埼玉
- 出身校
- 埼玉栄
- 学部
- 経営
- 座右の銘
- 点滴穿石
種目別の自己ベスト
| 種目 | 自己ベスト | 日付 | 大会 | 学年 |
|---|---|---|---|---|
| 5000m | 14:09.06 | 2021-06-30 | 2021年度 第6回早稲田大学競技会 | 4年 |
| 10000m | 29:27.71 | 2021-11-28 | 第207回東海大学長距離競技会 | 4年 |
| ハーフマラソン | 1:04:21 | 2021-11-14 | 第16回世田谷246ハーフマラソン | 4年 |
記録の推移
在学中/ 点線は学年の境目(4 月 1 日)。縦軸は速いほど上。同じ記録を表で見る
大会記録の時系列
| 日付 | 大会 | 種目 | 組 | 学年 | 記録 | 順位 | 所属 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2021-05-29 | 第57回法政大学競技会~もうひとつの関東インカレ~ | 5000m | — | 4年 | 14:44.59 | 10位 | |
| 2021-06-19 | 第202回東海大学長距離競技会 | 5000m | 13組 | 4年 | 14:22.00 | 6位 | |
| 2021-06-30 | 2021年度 第6回早稲田大学競技会 | 5000m | 2組 | 4年 | 14:09.06 | 9位 | |
| 2021-07-22 | 2021年度 第8回早稲田大学競技会 | 5000m | — | 4年 | — | 19位 | |
| 2021-09-22 | 第3回絆記録挑戦会 | 5000m | 4組 | 4年 | 14:35.70 | 17位 | |
| 2021-10-13 | 2021年度 第12回早稲田大学競技会 | 10000m | 2 組 | 4年 | 29:39.27 | 5位 | |
| 2021-11-14 | 第16回世田谷246ハーフマラソン | ハーフマラソン | — | 4年 | 1:04:21★ | 25位 | |
| 2021-11-28 | 第207回東海大学長距離競技会 | 10000m | 4組 | 4年 | 29:27.71 | 18位 | |
| 2021-12-25 | 第62回法政大学競技会 | 5000m | 3組 | 4年 | DNF | — |
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は自己ベスト更新。 「卒業後」は卒業後の記録で、所属先を併記しています。
駅伝の実績
箱根駅伝1 大会
| 大会 | 1区 | 2区 | 3区 | 4区 | 5区 | 6区 | 7区 | 8区 | 9区 | 10区 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第97回箱根駅伝2021-01-02 3年総合 2位 10:56:56往路 1位 5:28:08復路 5:28:48 | 1区は出走なし | 2区は出走なし | 3区は出走なし | 4区は出走なし | 5区は出走なし | 6区は出走なし | 7区は出走なし | 8区は出走なし | 9区は出走なし | 10区(復路) 出走 区間タイム 1:13:23 区間 20位 通過 10:56:56(2位) |
AI による分析
この分析は記録データから AI(claude-opus-5)が生成した文章です。
事実関係は記録欄を正とし、分析文はその解釈です。記録欄とあわせてご確認ください。
生成日時:
小野寺勇樹の記録として残るのは、3年時の2021年1月2日、第97回箱根駅伝10区での出走と、4年時にあたる2021年シーズンの競技会出場である。箱根駅伝ではチームが総合2位(10時間56分56秒)で大会を終え、その復路最終区間を1時間13分23秒、区間20位で走っている。入学した2018年から3年時途中までの記録は残っておらず、この期間については記録が途切れている。 自己最高は5000mが14分09秒06、10000mが29分27秒71、ハーフマラソンが1時間04分21秒で、いずれも4年時に記録されたものである。10000mとハーフの水準はおおむね釣り合っており、5000mの記録と比べると、やや長めの距離で相対的に安定していたと見られる。唯一の駅伝出走が20kmを超える10区であったことも、ロードないし長い距離寄りの起用であった可能性を示す。 4年時の推移を追うと、5月の5000m14分44秒59から6月に14分22秒00、同月末に14分09秒06と、短期間で記録を短縮している。7月の5000mは順位のみが残り記録がなく、9月は14分35秒70で6月末の水準には届いていない。秋以降は距離を伸ばし、10月の10000mで29分39秒27、11月のハーフマラソンで1時間04分21秒、11月末の10000mで29分27秒71と更新を重ねた。12月25日の5000mはDNFで、これが記録上最後の出場となっている。 駅伝での起用は記録上この1度のみで、復路の最終区という配置であった。総合2位のチームでアンカーを任された一方、区間順位は20位にとどまっている。トラックとロードの自己最高がいずれも箱根駅伝出走後の4年時に集まっている点からは、記録上の伸びが最終学年に集中していたと言える。